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2007.05.06

『物語 バルト三国の歴史』

物語 バルト三国の歴史―エストニア・ラトヴィア・リトアニア物語 バルト三国の歴史―エストニア・ラトヴィア・リトアニア
志摩 園子

中央公論新社 2004-07
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バルト三国の一つの国、エストニアがソ連軍兵士像を移設したことに対してロシアが国連で問題にしたこと、ロシア国内で暴動まがいのデモが起きていること ( まるで何年か前のどこかの国のようだ...まぁ、あのときのように「参加者がノー天気」なデモではなさそうですので問題は拡大するかもしれない ) などがロシアの声ばかりではなく、各国の放送でも取り上げられていたことからこの本を読み直してます。

前半部分は「バルト」地域の歴史の記述なので少々退屈ですが、後半から記述される現代史部分からは個人的な興味もあり引き込まれるように読めます。バルト海を囲む地政学上の重要な位置を占めるために、古くはポーランドからそしてドイツ、ソ連と常にその当時の列強の影響下にさらされてきた国の悲運の歴史です。特にソ連の支配下にあった期間が長いこともあってもともと反ソ感情が強いことが、今回の事件の引き金になっているのでしょう。ソ連政権は ( 現ロシア政権もおなじですが )、バルト三国は自主的にソビエト体制に加入したという見解は否定していません。

今回の事件を表面的に眺めると「一方的なロシアの対応の悪さ」が報じられる傾向にあり、また、反ロシア的な意見も多いようですが、詳しい面まで見ていくと、エストニア独立後、同国内に無国籍状態のまま残っているロシア語系住民に対する問題(注)なども複雑に影響しているようで、それほど単純な問題ではないようです。
# まぁ、妙な愛国主義者が幅をきかせるようになってくると、どの国もおかしくなってくるようで...

注) 独立後に制定された「国籍法」によってエストニア国籍が得られるのは、戦前からエストニアに住む住民のみであり、ソ連時代にロシアから移入してきた住民に対し、ロシアへの再定住を望むものに対しては経済支援があるとは言え、未だに無国籍状態( 当然選挙権もない ) の住民が10万人以上存在すると言われる。これはラトヴィアについても同じ。

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コメント

バルト三国とフィンランドの人たちのロシア嫌いはかなりなもののようです。東京スカパラのバルト公演(リトアニアだったと思いますが)でロシア民謡を演奏しようと、飛び入りのライブハウスで演奏したところブーイングで、本番では国歌を演奏したと言う話を聞いたことがあります。
フィンランドはカレリアのロシア併合があるのでこれもすごいです。
私の知人のフィンランド人は「日本がサハリンを併合されたときと同じようにカレリアを併合されたときにカレリアには一人のフィンランド人も残らなかった」といっていました。
私にとってはサハリンとカレリアとではかなり違うと思うのですが、フィンランドではそう教えているようです。
特にフィンランド人にとってはカレリアは抒情詩カレワラの故郷でもあり特に思い入れの強い地方ですのでこうした言い方になるのでしょう。
日本人にとってはいまだに片のついていないサハリンの朝鮮人問題があり、そうした思いとは違うような気がするのですが・・・・
彼に言わせると「カレリア問題があるので日本の北方領土返還は出来ないだろう」と言うことです。

投稿 化石 | 2007.05.15 23:33

化石さん、コメントありがとうございます。
そういえば、フィンランドは著名なDXerが多い国ですから、お知り合いの方も多いのでしょうね(笑)。
カレリアを巡る旧ソ連とフィンランドのいきさつも、フィンランドの反発が強いのでしょうね。ソ連になる前のロシア帝国の支配下にあったこと、それに加えて第二次大戦中の話もありでこじれた関係になっているような気がします。フィンランド人にとってはカレリアは「精神的な故郷」だそうですので(by Wikipedia)なかなか難しい問題のようです。

投稿 h.toku | 2007.05.16 00:44

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